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仙台高等裁判所 昭和55年(ネ)333号 判決

控訴人

佐藤匡

右訴訟代理人

田村彰平

被控訴人

葵産業株式会社

右代表者

奈良徳治

右訴訟代理人

野村弘

主文

本件訴訟を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。(ただし原判決二枚目表八行、同七枚目表三行及び同八枚目裏末行に各「シーベヌ化粧品商事」とあるのを、いずれも「岩手シーベヌ化粧品商事」と訂正する。)

(控訴人の陳述)

1  控訴人は昭和五三年八月七日約束手形五通の割引を蛇口正志から断られた際、三浦との合意により本件手形は貸金四〇万円の担保の趣旨で期限を同年八月末日として預かつた。三浦が右約定を履行しなかつたため、控訴人は担保権実行の手段として蛇口に右手形を交付し、金四〇万円を受領した。この行為は三浦との間においては正当な担保権の行使であり、控訴人は金四〇万円を手中にしたのみであつて、それ以上の利得はしていないから、本件手形の授受によつて何ら法律上の責任を負う理由はない。

2  そもそも約束手形は転々流通におくことを前提として、しかも手形面に記載された文言によつて効力を生ずるものとして振出されるのであり、手形を取得した者は手形記載外の事実は知ることなく、かつ知らないことについて責任を問われることはないのが原則である。

被控訴人は金銭融通の手段として本件手形を振出したもので、その目的を達成すると否とに拘わらず、一たん第三者の手に渡つた以上は支払いの義務を負い、その責任を第三者に転嫁することは許されないのである。本件について言えば、控訴人は被控訴人と岩手シーベヌ化粧品商事との関係については知る筈もないし、知らなかつたことについて過失を問われるべきものではない。控訴人が本件手形を蛇口に交付するまでの間にこれが被控訴人に返還されるべきものであることを認識しなかつたことに何ら過失はなく、不法行為は成立しない。

3  過失相殺の補充

(一) 被控訴人は二五〇〇万円もの多額の約束手形を原因債権なしに、ただ割引依頼のため、地位も資産もない阿部貫一に交付したことに重大な過失がある。

被控訴人は約束手形不渡を出していて盛岡の金融関係者で知らない者はなく街の金融業者からも相手にされない状態であつた。仮に二五〇〇万円の約束手形を誰かが割引いたとしても、その者は満期に支払を受けられないことは確実だつたのである。このような状態において阿部を利用し、事情を知らない第三者から手形割引名下に金員を引出そうとしたのであるから、その危険はひとえに被控訴人に帰すべきものである。

(二) 控訴人が昭和五三年九月一日ころ蛇口に本件手形を交付したのち、蛇口が被控訴人会社代表者に電話して買戻しを求めたところ、同代表者は二日間待つてくれと言いながら約定の期間に買戻の処置をとらなかつた。

以上により、被控訴人の過失を九割程度とする過失相殺がなされるべきである。

(被控訴人の陳述)

被控訴人に過失があつたとの控訴人の主張は争う。

(証拠)〈省略〉

理由

一被控訴会社が訴外岩手シーベヌ化粧品商事こと阿部貫一を受取人とする金額五〇〇万円、満期昭和五三年九月三〇日、支払地盛岡市、支払場所商工組合中央金庫盛岡支店、振出日昭和五三年七月三一日なる約束手形(本件手形)を振出したこと、右手形は第一裏書欄に右阿部貫一、第二裏書欄に訴外三浦力也の各白地裏書の記載がなされ、同年八月四日ころ阿部から三浦、三浦から控訴人に順次交付されたこと、その後控訴人は右手形を訴外蛇口正志に交付したこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、蛇口は本件手形を訴外宮某に交付し、第三裏書欄に増田米夫の裏書記載がなされ、最終所持人川崎春雄から満期に支払場所に提示されたこと、被控訴人は右手形金を支払うことが出来なかつたので三島簡易裁判所に右川崎を相手方として調停(同庁昭和五三年(ノ)第三八号)を申立て、昭和五三年一二月一三日、申立人は相手方に対し右手形金五〇〇万円の支払義務あることを認め、右同日一五万円を支払い、同年一二月から昭和五六年六月まで毎月末日限り一五万円ずつ、昭和五六年七月末日限り二〇万円を支払うほか、右手形の取立諸費用一二万円を右調停成立の日に支払う旨の調停が成立したこと、被控訴人は右調停条項に基づく支払を遅滞なく履行していること、以上の各事実が認められる。

二被控訴人の主張するところは、被控訴人は本件手形を阿部に割引の代理権を与えて振出し、阿部から三浦に割引の復代理権を与え、三浦が控訴人に割引を依頼して交付したところ、控訴人は割引ができないとして三浦に手形の返還を約しながら右の約旨に反して第三者に譲渡し、右債務不履行により被控訴人に手形金相当の損害を与えたものであり、仮に然らずとしても控訴人は本件手形が割引のために振出されたもので、割引不能の場合は被控訴人に返還されるべきものであることを知りながら、故意にこれを第三者に譲渡し、人的抗弁の切断により被控訴人に同様の損害を生ぜしめたものである、というにある。

よつて右の事実関係について検討するに、被控訴人が本件手形とともに、ほか四通の、金額いずれも五〇〇万円、満期それぞれ昭和五三年一〇月五日、同年一〇月一五日、同年一〇月三一日、同年一一月一五日、その余の記載はいずれも本件手形と同じ約束手形を振出したこと、右四通の手形も第一裏書欄、第二裏書欄に本件手形と同一の裏書の記載がなされ、本件手形とともに阿部から三浦、三浦から控訴人に順次交付されたこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、被控訴会社は昭和五三年七月末ころ短期の繋ぎ資金約二〇〇〇万円(同年八月中に満期日の到来する支払手形の決済資金等)を緊急に調達する必要に迫られ、代表者奈良徳治の知人である阿部貫一に第三者方での割引を依頼して前記五通の約束手形を振出したものであること、然るところ当時阿部のもとに出入りしていた三浦力也が割引先の心当りがあるというので、奈良および阿部の両者から三浦に同様の趣旨を依頼し、前示の約束手形五通を三浦に交付したこと、右各手形の割引率は月1.5ないし3パーセントとすることが右三者間に諒解されていたこと、三浦は右五通の約束手形を割引依頼の趣旨で控訴人に交付したこと、以上の各事実が認められる。しかして同年八月七日控訴人が本件手形を除くその余の四通の約束手形を三浦に返還したことは当事者間に争いがない。

次に、〈証拠〉を総合すると、以下の諸事実が認められる。

1  控訴人は肩書住所で農業を営む者であるが、曽て三浦が「ジエプト観光」という会社の盛岡営業所長をしていた当時、同会社の売出にかかる北海道の土地を代金三二〇万円で購入したことから三浦と親しくなり、その後学習用器材のセールスマンに転じた三浦から昭和五二年八月に高校生の娘のための学習用カセットテープを代金一三万円で買い受け、またそのころ三浦に九〇万円を貸与し同年一二月ころまでに右貸金のうち五〇万円の返済を受け、残り四〇万円の返済を督促中という間柄であつた(三浦は、このようなことから控訴人が相当の資力を有していると考え、本件手形等の割引に応じてくれることを期待したと推認される)。

2  三浦は昭和五三年八月初めころ前記五通の約束手形のうちの一通を控訴人のもとに持参し、控訴人に対し、振出人たる控訴会社はかなり立派なビルも持つているし、信用のある会社であり、第一裏書人である阿部貫一に対する建築工事代金支払のためにこの手形を振出したものであると説明して右手形の割引方を求め、割引ができれば割引金の中から前記控訴人からの借受残金を直ちに返済できる旨申し向けた。控訴人は自分で割引をする資力はないが、母親の実家の縁続きである訴外蛇口正志が盛岡市で金融業を営んでいるので同人に頼んでみようと言つて右手形を預かつた。三浦は二、三日後に残りの四通の手形をも持参し、これも頼むと言つて控訴人に預託した。そこで控訴人は右五通の約束手形を蛇口のもとに持参して事の次第を告げ、割引を依頼したところ、蛇口は被控訴会社の信用を調査するため被控訴会社の会社登記簿謄本と担保となるべき不動産の登記簿謄本を三浦に持参させるようにと言つた。

3  一方、奈良および阿部は毎日のように三浦に連絡して手形割引の首尾を待つていたが、三浦が今日、明日と言いながら割引金を持参しないので、三浦を追及して右各手形が控訴人に渡つていることを知り、阿部が控訴人に電話して自己の氏名を名乗り、自分が右各手形の割引を三浦に頼んだものであると説明したうえ、三浦から預託された五通の約束手形の割引ができる見込みがあるのかと尋ねた。これに対し控訴人は、確かに五通の手形を預かつているが、三浦から預かつているものであるから詳しいことは答えられないと述べた。不安を感じた阿部は再度控訴人に電話して、三浦を出向かせるから、右約束手形五通を三浦に返却して貰いたいと言つたところ、控訴人は三浦が受取りに来れば手形は返すと答えた。

4  そこで阿部は三浦にその旨を伝え、控訴人方に行つて前記手形を取戻してくるように要請した。三浦はこれに応じて控訴人方に赴いたところ、控訴人は蛇口との交渉の経過を述べ、蛇口から要請された書類を用意すれば蛇口が割引に応ずるかもしれないとの趣旨を述べた。三浦は直ちに阿部に連絡し、右の書類を調えれば明日にでも割引ができるかのように伝えたので、阿部から奈良に電話し、直ちに被控訴会社の会社登記簿謄本と建物(貸ビル)登記簿謄本を用意させ、これを三浦に渡した。三浦は奈良の運転する自動車で右書類を控訴人に届けた。

5  控訴人は右書類を持つて再度蛇口方へ行つたが、蛇口はこれらを検討したうえ、建物には多額の抵当権が設定されていて担保余力がないから手形の割引に応ずることはできないとして、約束手形五通と右書類を控訴人に返還した。その際蛇口は控訴人に対し、右約束手形のうち一通は三浦が四〇万円の貸金残金を返済するまで預かつておくがよいと助言した。

6  阿部は控訴人の帰来を待ちかねて控訴人に電話し、割引の成否を尋ねたところ、割引はできないとのことであつたから、奈良にその旨を伝え、奈良から三浦に連絡し、同年八月七日奈良の運転する自動車に三浦を同乗させ、被控訴会社の従業員小平昌三も同行して控訴人方へ行き、三浦から控訴人に対し、約束手形五通の返還を求めた。奈良は控訴人と初対面であつたが、三浦から控訴人に右約束手形の振出人であるとして紹介し、奈良および小平も右約束手形を返還するよう要請した。

控訴人は奈良および小平に対しては交渉の相手方でないとして退席を求め、三浦とだけ話し合つたうえ、約束手形四通は返還するが、貸金四〇万円の返済がなされるまでは本件手形を預かつておく、と言つた。三浦はこれを諒承し、八月末日までに四〇万円を持参して支払うことを約したので、控訴人は本件手形を除く四通の約束手形を三浦に返還した。

三浦は右四通の約束手形を帰りの車中で奈良に返還したが、本件手形については、控訴人がその返還に応じないいきさつを説明したうえ、至急四〇万円を用意して取戻すから心配いらない旨述べた。奈良は三浦に四〇万円用立ててやろうと言つたが、三浦は自分で都合つけると言つてこれを辞退した。

7  その後、控訴人は三浦からの弁済を待つていたが、八月末日を過ぎても何の連絡もないので、九月三日ころ三度蛇口を訪ね、対策を相談したところ、蛇口は、四〇万円を立替えてやるから手形をよこせ、俺が取立ててやる、というので、控訴人は本件手形を蛇口に交付し、蛇口から即時四〇万円の支払を受けた。

蛇口は直ちに被控訴会社の奈良に電話し、本件手形を所持している旨を告げ、手形金の支払について話し合う意思があるかどうかと問うたところ、奈良は三浦に支払わせるから二日間待つてくれと言つた。

8  同年九月七日三浦は阿部や訴外佐藤勇吉らと共に控訴人方へ行き、四〇万円用意してきたから本件手形を返還して貰いたいと申し入れたが、控訴人は本件手形は蛇口に交付してあるから、四〇万円を蛇口に支払つて蛇口から返還を受けて貰いたいと言つてその受領を拒絶した。

そこで被控訴会社は同年九月二〇日付内容証明郵便をもつて控訴人に対し、本件手形は割引依頼のため振出したもので割引不能の場合は返還する約束であつたのに、裏書人との貸借関係を理由として返還しないのは違法であるから右手形を無効とする旨を申し送り(右郵便は日付のころに控訴人に到達したものと推認される)、更に三浦は同年九月二六日盛岡警察署長に控訴人を告訴する旨の告訴状を提出した(ただし、右告訴状はまもなく返戻された。)。

9  被控訴会社としては本件手形が取立に廻されるとは思つていなかつたが、前認定のとおり、同年九月三〇日の満期日に所持人川崎春雄から支払の呈示がなされて驚き、阿部と三浦を責め、損害賠償を約させたが、本件手形の所持人との間では前認定の調停により和解するに至つた。

以上の各事実が認められ〈る。〉

三前段で認定した事実によれば、控訴人は三浦力也から本件手形を含む五通の約束手形を第三者方で割引を受け、割引金を三浦に交付するとの約定のもとにこれらを預つたのであるから、右手形につき何ら手形上の権利を取得したものではなく、割引ができなかつたときは右各手形を三浦に返還すべき義務を負つていたことが明らかである。しかしながら、三浦は控訴人に対し、本件手形は振出人と受取人との間の工事代金支払のために振出されたものと説明しているのであるから、本件手形の割引依頼に当り被控訴人のためにすることを示したものでないこともまた明らかである。

してみれば被控訴人と控訴人との間に本件手形の割引依頼という委任契約上の債権関係は生じていないのであるから、控訴人の債務不履行を原因として損害賠償を求める被控訴人の本位的請求は理由がない。

そこで予備的請求一の不法行為による損害賠償請求について検討する。

前認定のとおり、控訴人は本件手形の割引ができなかつた以上これを三浦に返還すべき義務を負つたのであるが、昭和五三年八月七日控訴人方において他の四通の約束手形を返還した際、三浦に対する貸金四〇万円の債権を担保するため、改めて三浦から、その裏書の存する本件手形の交付を受けたものと認められるから、控訴人は右担保契約の限度で本件手形上の権利を取得したといわなければならない。しかも前認定の事実関係からは、控訴人が振出人たる被控訴人または第一裏書人たる阿部を害することを知つて本件手形を取得したものと認めることはできず、他に控訴人が被控訴人の人的抗弁の対抗を受けるべき事由を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがつて控訴人は本件手形の裏書の連続する所持人として振出人たる被控訴人から満期に手形金の支払を受けうる地位にあるが、三浦から控訴人への裏書の原因関係は四〇万円について存するのみであり、一方、被控訴人から阿部、阿部から三浦への本件手形の振出および移転の原因関係は存在しないのであるから、四〇万円を超える部分については、いわゆる二重無権の場合に当り、被控訴人はこの部分につき支払を拒絶しうるのである(最高裁判所昭和四五年七月一六日判決民集二四巻七号一〇七七頁参照)。しかるに控訴人が昭和五三年九月三日蛇口正志に本件手形を代金四〇万円で売却処分し、その後本件手形が転々流通した結果、被控訴人は人的抗弁切断により最終所持人川崎春雄に対じ手形金全額の支払約束をするのを余儀なくさせられ、前認定の調停に基づく分割払を履行する羽目となつた。

もともと控訴人は三浦に対する債権担保のため本件手形の譲渡を受けたのであるから(三浦の裏書は隠れた質入裏書となる)、三浦が被担保債務の履行をしない場合、担保権を実行しうることは明らかである。その方法としては控訴人自身が本件手形の裏書の連続する所持人として振出人たる被控訴人に対し手形金の支払を求め、または裏書人に対し遡求権を行使するほか、換価処分(売却)することもできる。満期前に換価処分する場合、譲受人との関係で人的抗弁が切断され、三浦またはその前者に不測の損害を及ぼすこともありうるから、適正な価格で譲渡し、換価金のうちから自己の債権額を差引いて剰余金を三浦に返還すべき清算義務を負うことになる。被担保債権額で譲渡し、それ以上の利得をしていないからといつて、その処分につき何ら法律上の責任を負わないとする理由はない。控訴人は、三浦との間で、三浦が約束の期日までに弁済しないときは、控訴人において本件手形を自由に処分してもよい旨の約束ができていたと主張するが、金額五〇〇万円の本件手形を四〇万円で換価処分することを三浦において諒解していたと認めるに足りる証拠はなく、却つて当審における控訴人本人尋問の結果によれば、そのような約束のなかつたことが窺われる。

前示のとおり控訴人は振出人たる被控訴人または第一裏書人たる阿部を害することを知つて本件手形を取得したものとは認め難いから、四〇万円の限度では被控訴人に対し本件手形上の権利を行使しうるものであり、その限度において本件手形の処分につき責任を負うことはない。しかしながら、前認定のとおり本件手形は割引依頼のため振出されたもので、振出の原因関係(対価関係)はなく、第一裏書人たる阿部と第二裏書人たる三浦との間にも裏書の原因関係(前同)はなかつたのであるから、本件手形の換価(売却)により被控訴人に四〇万円を超える損害を及ぼした場合の控訴人の責任が問題となる。三浦が無資力であることは前段までに認定した諸事実に徴して明らかであるから、控訴人が適正な価格で本件手形を処分し、清算義務を履行することをしなかつたため、三浦に損害を及ぼし、ひいてはその前者たる被控訴人に損害を生ぜしめたときは、本件手形振出の原因関係を知らなくても少なくとも過失の責を免れず、被控訴人に対しても不法行為が成立し、控訴人は被控訴人に生じた損害を賠償しなければならない。

そこで被控訴人が蒙つた損害額について検討する。本件手形金額は五〇〇万円であり、被控訴人が最終所持人川崎に支払うこととなつた金額も右と同額であるが川崎に対しては期限の利益を得たのであるから、当然に、本件手形の満期日において五〇〇万円から四〇万円を控除した四六〇万円の損害を蒙つたことにはならない。すなわち、前認定のとおり被控訴人は川崎に対して昭和五三年一二月から昭和五六年七月まで毎月末日限り一五万円ずつ(最終回は二〇万円)の分割払により手形金の支払を了したのであるから、満期日当時における本件手形の現価は、右分割払の約定を基準にして中間利息を控除すると、その概算額を四五五万円とするのが相当である(計算の便宜上、昭和五三年九月から昭和五六年七月までの中間時である昭和五五年二月までの一八か月につき、手形法所定の年六分の割合による利率によつて控除した)。したがつて控訴人は本件手形の処分に当り、その満期日当時の現価から売却日までの間の割引料(月三パーセント程度)を減じた価格で売却し、三浦との間で精算を行うべきだつたのである。控訴人は被控訴人が当時約束手形不渡を出していて資力がなかつたから本件手形は無価値であつたとの趣旨の主張をするが、本件手形金は現実に右認定の限度で所持人に支払われたのであるから、右主張は採用できない。

したがつて被控訴人は四五五万円から四〇万円を差引いた残額四一五万円に相当する損害を蒙つたことになる。これに対し、控訴人は、被控訴人が蛇口から本件手形金の支払について交渉を受けた時点でこれに応じておれば、四〇万円を大幅に超えない金額で本件手形を回収しえた(それすらも不可能であつたとすれば本件手形の「現価」は無価値に等しくなる)のにこれをしなかつたのであるから、損害の発生または拡大の防止につき過失があつたと主張するが、前段認定の事実によれば、被控訴人に対する関係で蛇口と控訴人とは共同不法行為者であり、被控訴人は蛇口が本件手形の所持人となつた場合でも、四〇万円を超える金額を支払うべき責任を負わないのであるから、蛇口からの右交渉に応じなかつたことにつき被控訴人に過失があつたとすることはできない。

四そうすると被控訴人の本訴請求は四一五万円およびこれに対する本件手形の満期日たる昭和五三年九月三〇日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきものである。したがつて原判決は右と一致する限度において相当であるが、右と異なる限度では相当でない。しかしながら控訴人のみ控訴した本件においては原判決を控訴人の不利益に変更することは許されないところであり、本件控訴はもとより理由がない。

よつて民事訴訟法三八六条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(田中恒朗 佐藤貞二 小林啓二)

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